父、倒れる②
自宅前で数分、搬入できる病院を探し、車で5分程のB病院へ向かうこととなった
「B病院はあまり評判が良くない、どうしよう」
韓国語で母が言った
私たちは在日コリアンなので、家族全員ハングルが話せる
都合の悪いことはハングルで話すことが日常茶飯事だ
「でも、素人がどうこう言うても仕方ないし、応急処置をとりあえず急いだ方がいいんちゃうかな…」
何が正解かは分からなかった
B病院へ搬入され、看護師に「ここで待っていてください」と、一般受付の待合場所を指定されたが、父の様子が気になり、カーテンで区切られた応急処置用の部屋ギリギリまで近づき、耳を澄ませた
「出血してるのに、朝からこんなん無理やわ!」
当直医の苛立ったような声が聞こえた
その日は土曜の朝9時頃
専門医は休みだったのだ
すぐに母に報告した
「医者がこんなんできひんって言うてる、ほんまにこの病院で大丈夫なんかな…」
不安と怒りが募る
「こんなん」ってなんやねん
そんなに父の容態はヤバイのか?
様々な悪い想像が駆け巡る
そうこうしているうちに、休みだったであろう脳外科医がやってきた
血圧を安定させる為の点滴処置が行われ、その間も数回嘔吐していた
CTの結果、左脳が出血していること
出血量がかなり多いこと
意識が戻ったとしても、右半身麻痺・歩行困難で車椅子は避けられないであろうこと
言語障害・記憶障害が残る可能性が高いこと
昼過ぎから精密検査をし、場合によっては今日・明日中に手術する必要があるとも言われた
去年12月に結婚した妹夫婦が近くに住んでいる為、もしものことがあってからでは遅いと思い、少し躊躇いはあったが電話することにした
妹が寝ぼけた声で電話に出た
「びっくりしんといてな、お父さんがな、倒れてん」
この時、初めて涙が溢れた
医師の話を聞いた時はどこか現実味がなかったが、自分の口から第三者に伝えることで「これは夢じゃない」と突きつけられたようだった
電話を切った後、母が「泣かんでいいねん」と言った
母は泣かなかった
「ごめんな、お母さんがもっとちゃんとお父さんを見てあげてたら…」と続けた
泣いてる場合じゃない
私は、涙をグッと堪えた
程なくして、妹夫婦がやって来た
妹は私と違い、優しくて気が弱くて泣き虫だ
父の様子を見て子どものように泣いた
この病院に任せて本当に大丈夫なのだろうか?
搬入された当初からあった不安が次第に強くなる
母は、大きな事故で脳を損傷した知り合いがA病院で治療を受けたことや、私たちの住んでいる地域で、脳と言えばA病院が一番だということを知っていた
仲良くしている隣人が医療関係の会社に勤めていたので、アドバイスを仰いだ
隣人は「B病院の外科医も腕は悪くはないが、B病院で手の施しようがない場合、最終的にA病院に搬入する、絶対A病院に転入させて貰うべき」ということを教えてくれた
B病院に対して失礼でないか、そもそも、こちらが病院を指定したりして良いのか?など、色々話し合ったが、「父の命より優先すべきことなどない」ということになり、A病院へ転入させて欲しいと告げた
この判断が、父と私たち家族の、大きな運命の別れ道だった