父が脳出血で倒れた話

自分の為の備忘録

父、倒れる①

約1年前の2018年3月31日

 

その日は祖母(父の実母)の四十九日の朝だった

 

私が二階の洗面所で支度をしていると、父が歯磨きをしにやってきた

 

歯磨き粉のチューブを掴もうとする父

しかし、距離感が掴めないのか、父の右手はチューブの前後左右、何度も空を切った

 

その時の私は「父には珍しいが、まだ寝ぼけているのか?」くらいしか思っていなかった

 

コンタクトの容器に父の手がぶつかり、洗面台に落下

 

「だ、だ、だ、だいじょうぶか?」

 

と、父が言ったような気がするが、思い返せばかなりたどたどしかった

 

若干の違和感を覚えながらも、寝起きだったこともあり、また、両親とは長年不仲だったこともあり、私は軽く首を縦に振っただけだった

 

この時、私がもっと気にかけて父と会話をしていれば、もっと早く異変に気付いてあげられていたのだろう

 

今でも後悔することがある

 

そのまま父はリビングへ向かい、食卓の椅子に座りながら歯磨きをしていた

 

いつもなら朝ご飯を必ず食べる父が、その日はそのまま一階の寝室へと戻って行った

 

 

母は出る直前まで家事をやる癖があり、身支度もままならないのに洗濯物を干している

 

このままではせっかちで時間にうるさい父の機嫌がまた悪くなってしまう

 

 

それにしても、もうすぐ出発時刻なのに、いつもの様に父は急かしにリビングに上がってこないな?と思い始めた矢先

 

一階の寝室から獣の呻き声の様な、異様な音?声?が聞こえた

 

そういえば、三階で私が着替えている時から微かに聞こえていた音だ

 

まさかうちから聞こえているのか?

 

一階へと続く階段の踊り場で耳を澄ませてみる

確実に下から聞こえてくる

獣のような、地鳴りのような、一度聞いたら耳から離れない不気味な音

 

母と2人で凍り付く

 

「これ、お父さんか?」と母

 

寝言?イビキか?

 

一階へ向かって声を掛けるが返答が無い

 

私は、本能的にとてつもない恐怖を感じた

 

「お母さん、行ってや」

 

三十路過ぎた娘が、ビビって還暦間近の母を先に突き出す

 

2人して恐る恐る一階の寝室を開けた

 

 

 

 

父が、倒れている

嘔吐して、スーツに着替える途中だったのか、上は肌着、下のズボンのチャックは開いたままだ

 

「あんた、バスタオル持ってきて!」

母が叫んだ

 

私はすぐに二階へ駆け上がり、バスタオルを掴みながら

 

「え?これって救急車呼ぶやつ?」とフリーズした後、一階の母へ向かって「救急車呼ぶで!?」と叫んだ

 

人生で初めて119にコールした

 

焦って110と間違える人が多い、そんなことが頭をよぎり、意外とすんなり電話することが出来た

 

「父が嘔吐して倒れています、心臓は動いています」

 

冷静さを保とうと思っていたが、自分でも声が震えているのが分かった

 

救急車が来るまで、母と2人で父の身体をさすった

 

母は「心臓は動いてるから多分脳や、動かしたらあかん」と言い、吐瀉物で喉が詰まらないよう取り除いてからは、父をなるべく動かさないよう、父を呼び続けながら身体を温めた

 

幸い、家は街中にあるので、5分以内で救急車は到着したように思う

 

救急隊員に「多分脳です」と告げる母

 

誰に指図しとんねん

 

父の様子を簡易的に調べる救急隊員

まだ辛うじて声にならない声を発している父

隊員が父の右手を持ち上げてから離すと、ダランと力無く床に落ちた

 

「これって意識有るんですか?」と隊員に思わず聞いてしまった

 

「あると言えばあるし、無いと言えば無いです…」と、どう捉えて良いのか分からない返答

 

喪服だったのでヒールを玄関先に出していたが、長期戦を覚悟した私は、足が疲れない、且つ、黒の喪服と合わせても違和感の少ないであろう黒のコンバースをわざわざ下駄箱から取り出して救急車に乗り込んだ

 

人はこういう時、意外と冷静な判断が出来るのかも知れない

 

少しだけ「初めて救急車乗った…」という気持ちを抱えながら、病院へと向かった